ダンカンの思い出prt3. 元嫁がマジックへの移籍を阻止!?

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偉大なるティム・ダンカンが引退を発表したので、どうしてオーランド・マジックがダンカンと契約するチャンスを逃す事になったのか振り返ってみたいと思う。

大きな理由のひとつに、ダンカンの元嫁エイミー(当時は彼女)への愛がある。



ダンカンのエイミーへの愛さえなければ、サンアントニオ・スパーズがマジックになって、マジックがスパーズになっていたかもしれない。NBAのパワーバランスも全く違ったものになっていたかもしれない。ひょっとしたら、アムウェイ・センターに優勝バナーが何枚も張られていたかもしれない。

それは2000年の夏まで遡る。マジックは、3人のフリーエージェントに求愛していた。ダンカン、グラント・ヒル、トレイシー・マグレディーだ。当時はマジックにとってすばらしく、エキサイティングな時代だった。今では考えられないかもしれないが、マジックはフリーエジェントたちの移籍希望チームのひとつで、当時のGMのジョン・ガブリエルはスマートにキャップ・スペースをつくっていた。

ダンカンとヒルは同じエージェントを使っていたので、2人はオーランドに一緒に行った。そこで、ガブリエルとマジックのリクルーティング・プロセスに感銘を受けた。

ダンカンとヒルがオーランドに着いた時、エアポートでフットボール場の半分くらいのサイズのバナーで迎えられた。ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井に描かれている「アダムの創造」のオーランドバージョンで、ダンカンがマジックのユニフォームを着て天から腕を延ばし、マジックのユニフォームを着たヒルの手を触ろうとしているものだった。そしてその手の間には「Believe」という言葉が添えられていた。



オーランドでの滞在中、ダンカンとヒルはグランド・フロリダン・ホテルのラグジュエリー・スイートに泊まり、街全体が2人を歓迎しているかのようだった。ディズニー・ワールドはマジックに閉園後のアクセスを許可し、新婚のヒルとタミアは何度もスペースマウンテンに乗って楽しんだ。エプコットの湖で、ダンカンとヒルは壮大な花火を見て感動し、ヌケにある大きなボールには「Grant Us Tim」(Timを享受させてくれ、とグラント・ヒルのグラントをかけた)というメッセージがイルミネーションで書かれていた。



次の日は、アイルワースにあるマジックのCEOのボブ・ヴェンダー・ウィーデが住む17,000sq footの豪邸でのプール・パーティーが開かれた。その豪邸はフロリダのすばらしい景色に囲まれており、アイルワースのゴルフ場とバトラーチェーン湖が隣にあった。とあるスポーツライターによると、そのパーティーではゴルフカートが10台あり、みんながそれに乗って隣のゴルフ場の第5ホールのティーまで行くと、タイガー・ウッズが待っていたそうだ。ウッズはダンカンとヒルにゴルフを披露した。マジックのモンティー・ウィリアムスは笑って、「タイガー、バックスイングする時は腕をもうちょっと延ばしておかないといけないね」と言った。



ダンカンのパーソナル・アシスタントのマーク・スコットは、「ティム、ここがいいんじゃないか」とダンカンに言った。マジックの役員たちは、ダンカンがリアルエステート・エージェントと家を見てまわるために翌朝のフライトをキャンセルしてもう1日ステイすると聞いた時、浮かれあがっていた。ダンカンのエージェントのロン・バビーはガブリエルに、「彼の気持ちを勝ち取ったね」と言った。

だが、ひとつだけ問題があった。マジックはダンカンの長年の恋人のエイミー・シェリルの気持ちを勝ち取っていなかったのだ。

エイミーは、マジックのHCのドック・リバースに、チームのチャーターに時々乗せてもらえるか聞いた。リバースは、飛行機には選手とスタッフだけが乗れると伝えた。他のチームも同じような返答をするだろう。しかし、エイミーはその答えに納得していなかった。なぜなら、スパーズのHCのグレッグ・ポポヴィッチは、正当な理由があれば選手が家族や恋人を時々遠征用の飛行機に乗せてくれるのを許していたからだ。エイミーは概してマジックのポリシーとリクルーティング・トリップに感銘は受けていなかった。エイミーがドックの嫁のクリス・リバースを訪ねた後、ドックは不吉な電話を受けた。「あなた、問題よ」クリスはドックに言った。

ダンカンは、彼をなんとしても引き止めようとしているサンアントニオに帰っており、デイヴィット・ロビンソンに限っては、ハワイでのバケーションを途中で切り上げ、ダンカンを説得しに帰ってきていた。

そこからはみんなが知っている通りだ。ヒルはマジックと契約し、ケガに悩ませられながら7年を過ごした。マグレディーも契約し、よくあるワガママで不満だらけのスーパースターになった。



うって変わって、ダンカンはサンアントニオに残り、NBA史上偉大な選手の1人になり、5回の優勝の主力になった。



ダンカンは、オーランドのリクルーティング・トリップから帰って間もなくしてエイミーと結婚した。

※マジックは6年のおよそ67.5億円の契約、スパーズはおよそ74億の契約。

-via Orland Sentinel

 

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